All the best wishes for your future life.


雨降りしきるカシマスタジアムにて、中田・柳沢・新井場3名の合同引退試合。合同ってまず初めてのことだったし、この3人がまさか去年の末に揃いも揃って引退するなんて思ってもいなかった。
中田浩二という選手を私は彼が20の時に好きになって、15年間のんびりと時には試合だけではなく誕生日に練習を見に行ったり普通に練習を見に行ったり心配したり喜んだりサインをもらったりトークショーにいってみたりをしていました。
帝京高校から鹿島アントラーズへプロ入り、WY、オリンピック、WC、海外移籍、WC、古巣復帰、古巣で引退と、今考え得る中では最高の、道のりは決して楽なものではなかっただろうけれど、大きい怪我もしたし、移籍でもめてサポーター感情を逆撫でしたこともあったけれど、一個人の選手サポとしては最高だったと、そして、彼というサッカー選手を好きになったことを、誇りに思っています。
一つ、心残りがありました。独身貴族様だったので、現役の時代に彼が自分の子供を抱っこして入場するところが見られなかったこと。それが7/5に叶いました。
試合はといえばもうとにかく豪華な顔ぶれで(それでもまだまだあの人はいないの? あの人は呼ばないの? と思うくらい)アップの時に鹿島のゴール裏からの中山ゴンゴールのチャントにカズさんとゴンちゃんが踊っていたり、前半も後半も美しいダイビングヘッド(ボールに全く触れない場所で)やら美しいファールやらでアントラーズ側も3人のフレンズ側もFK、PKを獲得しまくったり、さすがにお年のせいか少しのんびりしたランニングの方が多数おられる中さすがのキングカズがFKを叩き込んでヤナギにむけて土下座をし、ヤナギも土下座でお返ししたり、イバちゃんがサイドを駆け上がるたびにスタジアム中から歓声が上がったあとゴール裏コールリーダーの先導で「あらいばさ〜〜ん ゴールして〜〜」「もう1点とって〜〜」という大音量のおねだりとイバチャントが延々繰り返され本人がゴール裏へ行き唇に指を当てて「しー」というジェスチャーをしたり。福西(相変わらずさわやかイケメン)からのしつこいディフェンスに満男が怒ったふりをして軽く突き飛ばしたあと仲裁に来た感じの中田さんも突き飛ばしたりしてだだっこみたいでかわいかったな。
中田さんといえば引退選手への餞とゴールを期待されているのに、いろいろ面白いことがあってひとりで90分フル出場、主審からはもう時間がないと時計をたたかれ、美しいダイビングファールで獲得した後主審にバニシングスプレーでKOJIとかかれ、後半の試合はほぼ中田さんの独断場だったような気がします(笑)。PKを獲得して勝手にKAYフレンズ側のPKを蹴ってソガにとめられたり、お膳立てしてもらって蹴ったFKもナラにとめられたり、CKも中澤ボンバーことユウジがガチでディフェンスしにきたり、そういえば中田さんこういうところで年上にいじられる人だったなあと思い出したりしました。
あとキャプテンマークをまいている姿を最後に見られてよかった。ポジションがボランチで、とても嬉しかった。
KAYフレンズ側は、俊輔と伸ちゃんが一緒に出てたよ。夢のようだったよ。帰りにご飯を食べながら話をしてたんだけど、マツくんが生きていたら、きっと呼ばれていたよね、と。もしかして3人のスピーチの時に泣いてたかもね、なんてね。奥の大ちゃんもきっとそうだよね。
とにかくしあわせな空間でした。後半少しの時間に、アントV6とどこかで呼ばれていた79年生まれの98年入団組全員がピッチに立っていて、泣けて泣けて仕方なかった。
浩二*1、17年間お疲れ様でした。これからも試合の日はメイン側コンコースでいろいろ売りさばいていてください。鹿島の社長になって、チェアマンになってね。私にとって、最高のボランチで、キャプテンというとやっぱり一番最初に出てくるのは中田浩二です。左足からのロングフィードを打つのを背中から見ているのが大好きでした。いつでも優しくて、営業部長なんて呼ばれるくらい素敵なファンサービスをたくさんしてくれて、しあわせな15年間のサポ人生でした。ありがとうございました。
ヤナギは19年間お疲れ様でした。ここぞというときに決めたゴールは忘れられない。いつでも優しかったし、コーチになっても優しいみたいと話を聞いていますが、もうちょっとビシバシ厳しくしてもいいと思いますよ、ね、熊谷さんみたいに。(笑)2002年のWCで、イナ浩二明くんヤナギでお茶会カルテットなんて呼ばれてお風呂ではしゃいでいた話も、2008年の元日に、ヤナギが出てくるまでコールをしていたこともまるで昨日のように思います。
イバちゃんは18年間、17年と半年かな? お疲れ様でした。2004年にガンバから移籍をしてくるんだという報道が出た時には、まさかねと思っていました。左サイドにイバちゃんがいて、右サイドに篤人がいる期間は、夢のようでした。ゲーフラかかえて全国各地飛び回りました。2007年の優勝のときは出場停止で私服でピッチに座っていたけれど、2008年は札幌ドームでキャプテンマークをまいてシャーレをかかげ、2009年はシーズン開幕当初スタメンじゃなくなってしまったけれど、やはり新井場ここにありとスタメンに復帰して、雨の最終節は浦和で篤人と、大騒ぎの中少しゆったりした空気でお互いの健闘をたたえあっていたのを覚えています。
素敵な3選手、鹿島にきてくれて、もどってきてくれてありがとう。
これからの第二の人生も、しあわせでありますように。またいつか、どこかで会えたら嬉しいです。

※担架芸かとおもいきやアキレス腱を切ってしまっていた奥ちゃんと、肉離れを起こしていたというナラさんと戸田さん、どうかゆっくりと治してくださいませ……。

*1:数年前からなんとなく浩二と呼ぶのが気恥ずかしくなっていて中田さんとお呼びしているのですが、特別に。